
若手俳優として注目を集める宮世琉弥(みやせ りゅうび)さん。その端正でどこか日本人離れした顔立ちや「琉弥」という珍しい名前から、“ハーフでは?”、“フィリピン系?”といった憶測が飛び交ってきました。
そこで今回は、宮世さんのプロフィールや家族、本名、学歴を整理しながら、ハーフ説の真偽に迫ります。
「宮世琉弥ってフィリピンのハーフなの?」その噂の出どころ
ネット上では「ハーフに見える」「フィリピン系の印象がある」といった声が散見されますが、結論から言うと宮世琉弥さんは純日本人。
フィリピン系の血縁はありません。自身も幼少期から「ハーフ顔だね」と言われることが多かったと語っていますが、ご両親とも日本で生まれ育った日本人で、ハーフでもクオーターでもないと明らかになっています。
本名は「亀井琉弥」!? 芸名や名前の由来は?
芸名「宮世琉弥」は、実は本名ではありません。本名は亀井琉弥(かめい りゅうび)。苗字を隠しつつ、下の名「琉弥」はそのまま使われています。
「琉弥」という名前は、三国志好きの父親が、“人徳ある劉備玄徳のような人物になってほしい”と願いを込めて名付けられたものだそうです。
そして「宮世」という芸名は、出身地・宮城県から「世界へ」という意味が込められており、「宮城から世へ」という壮大な想いが込められた名前です。
家族構成:父・母・妹3人の6人家族
宮世さんは両親と妹3人の6人家族で、4人きょうだいの長男です。
長女(宮世さんからは一番上の妹)はアイドルグループ「いぎなり東北産」の伊達花彩(だて かあや)さんとして活動中です。
父親は建築家、母親は“笑顔の絶えない優しい人”として宮世さんがインタビューでたびたび感謝の言葉を述べており、家族の仲の良さがうかがえます。
また、実家にはカメレオンやモモンガ、犬、亀など数々のペットがいたというエピソードもあり、文化的・教育的な環境で育ったことが想像できます。
学歴・出身地と震災経験:その人生のはじまり
宮世さんは宮城県石巻市出身で、2011年3月11日の東日本大震災では小学1年生。母親の車で迎えに来てもらった際に津波に巻き込まれたといいますが、幸いにも脱出し、その後は親戚宅などで暮らしました。
出身小学校については公式非公開ながら、海岸から約1km、標高1mほどの場所にあったことから東松島市立浜市小学校ではないかと推測されています。中学は東松島市立矢本第一中学校に通ったとされ、制服写真や地元情報から特定されています。
高校については堀越高校のトレイトコースまたは目黒日本大学高校の可能性があるとされるものの、公式には非公開です。高校卒業後は大学には進学せず、2022年に俳優活動に専念することを決意したと報じられています。
なぜハーフと思われた?顔立ちと噂の背景
宮世さんは幼少期から「ハーフ顔」と言われ、実際にご本人も「よく言われた」とコメントしていますが、ご両親ともに日本生まれ・日本育ちの日本人であり、フィリピンの血もクオーターの血も一切ない純ジャパです。
ハーフ説は、顔立ちや名前の珍しさ、兄弟姉妹との雰囲気の違いなどからネット上で噂が広まったとみられますが、信頼できる情報源では全て否定されています。

まとめ:ハーフではないが、強く印象に残る魅力的な存在
宮世琉弥さんは、整った顔立ちや珍しい名前から「フィリピンのハーフ?」と噂されることもありますが、実際は両親ともに日本人の純日本人です。本名は亀井琉弥で、芸名「宮世」は「宮城から世界へ」の願いが込められています。家族は妹3人を含む6人家族で、妹の一人はアイドルとしても活動中。震災を経験した強さや豊かな家庭環境が、彼の魅力の源です。俳優だけでなく音楽活動も始まり、今後の活躍にも注目です。
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